『川のほとりで羽化するぼくら』
2021年9月8日
ついこの間まで行われていたオリンピック・パラリンピックでは
「多様性」という言葉をよく耳にしました。
大会ビジョンにも「互いを認め合う」という言葉が入っていました。
この東京大会を機に世界が良い方向へと変わっていったらいいなと思いますが、
今の段階では、少数派は生きづらさを感じることもあるでしょうし、
多数派の中にも息苦しさを感じている方もいるのではないでしょうか。
今日ご紹介する本は、まさに「今の時代」が切り取られた短編集です。
『川のほとりで羽化するぼくら/彩瀬まる(角川書店)』
まずは、勤め先の事業所が閉鎖されたことを機に会社を辞め、
働く妻に代わって家事育児のメインプレーヤーになると決めた夫の物語
「わたれない」です。
夫は、仕事漬けの毎日でほとんど家事や育児に参加してこなかったため、
7ヶ月の赤ちゃんの世話はうまくいかないことだらけで、
てんてこまいの毎日を送っています。
自分がママじゃないことで子どもを苦しめているのかと悩むこともあります。
そんなある日、どうしても子どもが泣き止まなかった時に
ネットでとある子育て日記を見つけ、助けられます。
それ以降、子どもへの対応で迷いが生じた時はそのブログを参考にするようになります。
しかし、子育てにもだいぶ慣れてきたあとも、
公園では他のママたちからは警戒されるし、
子どもの健診のための事前アンケートには
「ママ目線」の項目ばかりでさみしさを感じます。
そんな中、さらに彼を苦しめる出来事が起きてしまい…。
最近は、女らしさ、男らしさという言葉があまり使われなくなりました。
そして、さまざまな考え方、生き方を認めていこうという流れになっていますが、
実際のところ、古い感覚のままの方もまだまだいて、
平気で傷つけるようなことを言ってきたりもします。
その一方で、自分なりに生きやすい方法を見つける方もいます。
どうせわかってもらえないと諦めたり自棄になったりするのではなく、
どうしたら自分らしく生きられるのかを考えて。
今まさに少数派に属していて生きづらさを感じている方は、
このお話からきっとたくさんのヒントが貰えると思います。
老若男女問わず多くの方に読んで頂きたいお話でした。
それこそ教科書に載せてほしいくらい!
✴︎✴︎✴︎
それから、最後に収録されたお話「ひかるほし」も良かったです。
こちらは高齢のご夫婦の物語です。お話は妻目線で進んでいきます。
80歳を過ぎて夫は勲章をもらったのに、夫を支え続けた妻は何ももらえません。
面倒なことは全て夫から押し付けられ、妻は耐えて耐えて生きてきたのでした。
妻によると、夫は仕事の面では有能だけれど、
それ以外の面はことごとく自分勝手で、幼稚だそうです。
また、妻のことはどんなことでも干渉してきます。
でも、夫のおかげで食うに困ったことはなかったから、自分はマシだ。
贅沢を言ったら、ばちが当たる。と呪文のように繰り返しながら生きてきました。
と同時に、予想外の物事にぶつかったとき、
どうしていいか分からず夫に対処を求めてしまう自分は、
一人で生きていけないとも思っています。
そして、自分の判断で生きている女性たちを見て、
自分にはできないことだと、どこか他人事のように考えています。
そんな妻でしたが、まわりの女性たちから影響を受け、少しずつ変わっていきます。
このお話も良かった。
読みながら涙が止まりませんでした。
いろんな女性の顔が浮かんでしまって。
この高齢のご夫婦のような関係の方は少なく無いように思うのです。
なぜならそういう時代だったから。
でも、今は令和です。時代は変わったんです。
「ばちが当たる」の一言で全ての理不尽を受け入れてきた世代の方に、
この作品が届いて欲しい。
自分には今の生き方しか無いから、今更変えるなんて無理と思いながらも
心の中には何かモヤモヤしたものがある方はいませんか?
そのモヤモヤはきっと変わりたいという思いだと思います。
大人になればなるほど変化が怖かったり面倒だったりするけれど、
でも、やってみたら拍子抜けするほど簡単だったってこともあるかもしれませんよ。
この短編集には、ご紹介した2つのお話以外には
七夕伝説がもとになったファンタジーやSFが収録されています。
でも本全体から感じられる空気感は「今」の時代そのものです。
そして、本のタイトルに「川」という言葉があるとおり、
それぞれが自分の川を越えようとします。
この本を読んだ後は、私も一歩前に踏み出し川を渡りたくなりました。
また、五感を感じさせる文章も素晴らしく
読んでいて心地良かったです。
いい本でした!