沈黙の町で
2013年3月13日
今日ご紹介するのは、
私の一番好きな作家、奥田英朗さんの最新作
『沈黙の町で』
です。
朝日新聞出版から先月出たばかりです。
朝日新聞に掲載されていた時からかなりの反響があったようです。
私が思う奥田作品の魅力は、人間の描き方です。
真面目な話であっても、
ぶっ飛んだ話であっても、
人を公平に描きます。
100パーセント悪の人もいなければ、
100パーセントいい人もいない。
問題のある人にもいい部分があり、
いい人にもどこか嫌な部分があります。
今回の作品も、それぞれの立場の人間を公平に客観的に描いています。
…
話はこう。
舞台は北関東のとある中学校。
その中学の男子中学生が
部室の屋上から転落し死亡します。
事故なのか?
自殺なのか?
それとも、誰かに殺されたのか?
調べるうちに様々なことがわかっていきます。
屋上には五人の足跡がみつかり、
亡くなった中学生は、いじめを受けていたことがわかります。
その後、中学生二年生の男子二人が逮捕、二人が補導されます。
ちなみに、逮捕と補導の違いは、
13歳と14歳の違いです。
同じことをしても14歳は逮捕されるのです。
加害者かもしれない中学生とその親たち、
被害者の家族、
学校の職員たちと生徒、
警察、マスコミなど、
様々な人の目を通して描かれています。
特に加害者かもしれない中学生を子に持つ親たちの話が多くを占めるのですが、
これがとてもリアル。
よく言えば、子を守る母の強さ、
悪く言えば、自分の子を守ることしか考えていない母たちの必死さは、
凄まじいものがありました。
例えば、あるひとりの母親が主人公の話なら、
彼女を贔屓目に見てしまうかもしれないけれど、
奥田作品は、一人称が次々に入れ替わり、
それぞれの立場からの意見が描かれるので、
誰かに肩入れすることがありません。
前半は、教師や警察、母親たちの目線で話が進んでいくのですが、
後半、生徒たちの目線に変わっていきます。
今までぼやぼやっとしていたものが、徐々に鮮やかに見えていきます。
中には見たく無いものまで見えてしまいます。
悪者は悪者として描いてくれればスッキリするのに、
奥田さんはそのようには描きません。
でも、それこそが「人間」なのだと思います。
いい部分もダメな部分もあり、
簡単に割り切れないのが、
人間なのだと思います。
例えば、とても好きだった人に裏切られたときを想像してみてください。
その人に対して裏切られて憎いという感情がありつつも、
その人のいい部分も頭に浮かんできませんか?
いい部分を知っているからこそ、
割り切れなくて、苦しむのだと思います。
奥田作品は、毎回そうなのです。
割り切れないもどかしさがある。
そして、読みながら気付くの。
本の世界がひとごとでは無いことに。
近すぎるんですよ、作品の中の人が、世界が。
まるで自分の問題のことのように思えてしまって、
感情がかき乱されます。
面倒な世界に足を踏み入れてしまった、と思うのだけど、
でも、これこそ現実なのかもしれない、とも思えてくる。
現実はこうなんだよ。
目を逸らすなよ。
と言われているようにも思える。
本は、日常とは別の世界に連れて行ってくれるからいい、
なんて言うけれど、
時には厄介な世界に連れていかれることもあります。
でも、一度踏み入れてしまった世界からは逃れられません。
今回の作品は、読み終わった後も私は色々考え続けています。
きっとしばらく考えるのだと思います。
でも。
あー楽しかった。泣いた。感動した。
ばかりが、いい本だとは思えません。
たとえ内容的に問題があったとしても、
いいと思える本はいいのだと思います。
私は、この本を読んでよかったと思いました。
誤解しないでほしいのは、
この本の内容を肯定しているということではないですよ。
人間とはこういうものなのだ。
ということを描いているところが素晴らしいと思ったのです。
また、この本のおかげで、
ちょっとだけ客観的になれたようにも思います。
自分とは異なる考えの人もいる。
ということに、私はあらためて気付かされました。
自分は普通だ。と思っちゃダメですね。
自分の思う普通は、
他の人にとってみたら、
ありえないというはことだってあるのですから。