『存在のすべてを』
2024年3月20日
先々週は、今年の本屋大賞にノミネートされている
津村記久子さんの『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)
をご紹介しましたが、今日の本もノミネート作です。
◎『水車小屋のネネ』の紹介は コチラ
『水車小屋のネネ』を読んだとき、
今年の大賞はこれでいいじゃないか!と思ったのですが、
その気持ちが揺らいでいます。
だって、この本もとても良かったのですもの。
『存在のすべてを』
塩田武士
朝日新聞出版
塩田さんと言うと、映画化もされた
『罪の声』、『騙し絵の牙』などでおなじみの人気作家です。
ラジオでもこれまで様々な作品を紹介してきました。
塩田さんの文章は、呼吸が合っているのか、気持ち良く読めます。
話がかみ合う人と会話をしているような心地良さがあるのです。
また、映像が見えます。
それも景色だけでなく、人の表情の変化や心の動きまでしっかりと。
今作もノンストップでページをめくり続けました。
物語は、30年前の「二児同時誘拐事件」から始まります。
同じ日に二人に男の子がそれぞれ別の場所で誘拐されます。
一人はすぐに発見されるものの、もう一人は見つかりませんでした。
ところが、3年後、その子どもが帰ってきます。
警察は、これで犯人を捕まえられると思ったものの、
男の子は、空白の3年について、一切喋ろうとはしませんでした。
結局犯人はつかまらないまま、事件は時効を迎えます。
事件から30年後、週刊誌に、
ある人気写実画家の男性が誘拐事件の被害者だったという記事が載ります。
それを見た、事件当時警察担当だった新聞記者の男性は、
あらためて事件を追うことにします。
物語は、その新聞記者をメインに、
誘拐された男の子に関わる人たちの視点も混ざりながら、
真実へと近づいていきます。
誘拐された男の子は、空白の3年間、
いったいどこで誰とどのように過ごしていたのか。
そしてなぜ3年後に突然帰ってきたのか。
この続きは、ぜひ実際に作品を読んでお確かめください。
***
事件を追う警察、新聞記者、
誘拐された男の子、そしてその家族、
さらに彼らに関わる人たち、
それぞれに葛藤があり、
私だったらどうするかしら、
と考えながら読み進めていきました。
ですが、終盤はそんな様々な葛藤に冷静に向き合えなくなり、
ほぼ泣きながら読んでいました。
読み終えた後は、物語では描かれていない
登場人物たちの過去や未来を想像しながら
しばらく余韻に浸りました。
そんな余韻も含め、いい読書となりました。
誘拐事件と聞くと、嫌な気持ちになりそうですが、
この物語は、大切な人を思う気持ちにあふれた愛の物語です。
それも温かな。
ああ、ダメだ。こうやって思い出しただけでまた泣けてくる。(涙)
短絡的な思考になりがちな今の時代にこそ、読んで頂きたい一冊です。
最後にもうひとつ。
誘拐された男の子は、今や人気写実画家として活躍しているのですが、
この物語では、まるで写真のような「写実画」
についても深く掘り下げられていまして、
いつか写実画の美術館であるホキ美術館に行ってみたくなりました。
そういえば、私が好む小説には、何かしらアートが絡むものが多いなあ。
先週もアート旅がテーマだったし。
その前も画家が出てきたし。
ただ、アートと言っても、アプローチは異なっていて、
それぞれに面白さがあるので、ぜひどの作品も読んでみてください。