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『化け者手本』

2023年10月25日

今日ご紹介する本は喋る本です。
文字を目で追えば、声が聞こえてくるのです。
それも江戸時代の江戸の言葉で。

でも、オーディオブックではありません。
普通の紙の本です。

『化け者手本(ばけものてほん)』
蝉谷めぐ実(せみたに・めぐみ)
株式会社KADOKAWA

蝉谷さんと言いますと、以前ラジオで『おんなの女房』をご紹介しました。

◎私の紹介は コチラ

こちらは、江戸時代の恋物語で、主人公は歌舞伎役者の女房です。
吉川英治文学新人賞受賞など2つの文学賞を受賞した話題作です。
私も好きな作品で、去年、読んで良かった本の一冊に選んでいます。

◎詳しくは コチラ

さて、今日ご紹介する『化け者手本』は、
デビュー作『化け者心中』に続く「化け者」シリーズです。
なお、デビュー作は、文学賞三冠を達成した超話題作で、この夏文庫化されました。

そういえば私、デビュー作を読んでいないではないかと思い、
今回新刊と合わせて読んでみました。

化け者シリーズは、江戸時代の歌舞伎が舞台です。

まず『化け者心中』は、役者たちが芝居の前読みに集まった時に、
彼らの輪の真ん中に生首が転がり落ちます。
しかし、役者の数は変わらず、
鬼が誰かを喰い殺して成り代わっていることがわかります。
そこで、とある二人が鬼探しに乗り出すというお話です。

その二人というのが、心優しい鳥商いの藤九郎(ふじくろう)と、
女形として活躍していた元役者の魚之助(ととのすけ)です。

新作の『化け者手本』は、二人のもとに
ある事件の話が持ち込まれるところから始まります。
芝居が終わった後、客席に両耳から棒が突き出た死体が転がっていたそうなのです。
二人は、前回同様バディを組んで真相解明に乗り出します。

とある縁から二人は一緒に過ごすことが増えるのですが、
歌舞伎の世界など知らない藤九郎と、元女形の魚之助は、たびたび衝突します。
まあ実際は、わがままな元女形の魚之助に、藤九郎が振り回されている感じなのですが。
藤九郎はいい奴なんです。
でも、良かれと思ってやったことが裏目に出るなんてことはしょっちゅうで、
本を読みながら何度「藤九郎ドンマイ!」と声をかけたことか。(笑)

そんな二人が、今回も「ばけもの」暴きに挑んでいきます。
果たして、ばけものとは?

ちなみに、タイトルの「化け者」は「化け物」ではありません。
動物の「物」ではなく、人気者などの「者」です。
例えば、一心に何かしらに打ち込む人間が、度を越えると化け者になるそうですよ。

タイトルの『化け者手本』とはどいうことなのか。
ぜひ最後まで語りに耳を傾けてみてください。

そう、蝉谷さんの作品は読むというより、聞く感じなのですよ。
それもまるで落語を聞いているかのよう、と思ったら、
実際、蝉谷さんは江戸落語を聞いて、その節回しを学ばれたのだとか。
なるほど!道理で息継ぎまで心地いいはずだと納得。
またオノマトペも多用しているので、よりリズミカルな文章で、
思わず声を出して真似をしたくなります。
例えば、ずずずうと手元の蕎麦をすする、など。

今回も最後の一行まで大変気持ちのいい語りでございました。

ですから、この作品は、落語がお好きな方も楽しめるかと。
他にも歌舞伎、忠臣蔵、時代小説、ミステリ好きの方、
それから恋をしている方や推し活中の方もぜひ。

推し活と言えば、江戸時代もすごかったようですよ。
贔屓の役者の帯の結い方を真似したり、役者絵を集めたり。
令和の今と変わりません。

今の時代の感覚のまま江戸の世界に入り込めます。
あなたも江戸の歌舞伎の世界をちょいとのぞいてみませんか。

yukikotajima 12:20 pm

『リラの花咲くけものみち』

2023年10月18日

私、しばらく北海道におりました。
大自然の中では、季節の植物がより印象に残りました。

と言いたくなるほど、作品の世界に入り込んだ小説を今日はご紹介します。

『リラの花咲くけものみち』
藤岡陽⼦(ふじおか・ようこ)
光文社

主人公は、北海道の大学で獣医師を目指す聡⾥(さとり)です。

幼い頃に⺟を亡くした彼女は、
⽗の再婚相手とうまくいかず不登校になってしまいます。
その間、愛⽝だけが⼼の⽀えとなっていました。

その後、祖⺟に引き取られ、
様々なペットと暮らす中で獣医師を⽬指すようになります。

そして、無事、北海道の大学に進学し、寮での暮らしが始まるのですが、
長い間引きこもっていた聡⾥は、人とうまくコミュニケーションが取れず、
寮のルームメイトからも嫌われてしまいます。

と書くと、なんか読むと辛い気持ちになりそうだから
読みたくないかも、と思われてしまいそうですが、ちょっと待ったー。
ここから先がとってもいいんです!

私は何度泣いたことか。
泣きすぎて読み終わった時にはティッシュの山ができていたほどです。

聡⾥は大学生活を通して、様々なものと真摯に向き合っていきます。
友人、家族、動物、そして自分自身とも。

そして、北海道の自然や生き物、周りの人たちから
たくさんのことを教わりながら成長していきます。
彼女がどのように成長していくのかは、
本のページをめくりながら、ご自身でお確かめください。

それから、この本は様々な学びのある一冊でもありました。

まず、聡⾥が獣医師を目指しているということで
獣医師の仕事が多岐にわたることや、
大学でどんなことを学ぶのか知ることができました。
また、動物に関しての様々な問題も。

私は動物を飼っていないので、ペット事情は詳しくは無いのですが、
もし今後自分がペットを飼うことになったら、
その時には、この本を改めて読もうと思いました。

また、動物だけでなく、植物についても学べました。
実は、この本には季節の植物がたくさん出てきます。
本のタイトルに「リラ」が入っていますが、
第1章から第8章までのタイトルにも
「ナナカマド」「クリスマスローズ」「シラカバ」などの花の名前がついています。
ちなみに、リラはライラックのことです。

北海道で暮らすようになった聡⾥は、
動物だけでなく植物にも興味を持つようになり、
美しい風景の写真を撮っては、離れて暮らす祖母に送っています。

本を読みながら、私が北海道の大自然の中にいる気分になったのも、
これでおわかりいただけましたか。

この本は、秋の夜長に読むのもいいけれど、
晴れた日の昼間に、公園のベンチや自然を感じるカフェ、家の庭で読むのもいいかも。

最後に印象に残ったセリフをご紹介します。
還暦を迎えたある獣医師の女性が、聡⾥に言ったものです。

時間をかけて力を尽くして築いたものだけが、最後に残る。
仕事もそうだけど、人との関係にしても同じことが言える。
だからいろんなことを面倒がらずに、きちんと頑張っておきなさい。

この言葉を目にしたとき、ドキリとして思わず私も「はい」と返事をしてしまいました。

あなたはどうですか。面倒なことから逃げていませんか。
読んだ後はきっと、ご自身の問題と向き合おうという気持ちになれると思いますよ。

とてもいい本でした。

yukikotajima 11:29 am

『リカバリー・カバヒコ』

2023年10月11日

神社やお寺に行くと、自分の治したいところをなでると良くなると言われる
「なで地蔵」などの「なで〇〇」を時々見かけますが、
あなたはいつもどこをなでますか。

私はたいてい、肩、目、頭ですかね。
肩コリ、眼精疲労をどうにかしてほしいのと、もっと頭が良くなりたいので、
欲張ってあっちもこっちもと触っています。

さて、今日ご紹介する小説は、お地蔵様ではなく
公園の古びたカバの遊具をなでる人々のお話です。

『リカバリー・カバヒコ』
青山美智子
光文社

青山さんと言いますと、作品が3年連続で本屋大賞にノミネートされるなど、
本を愛する書店員の皆さんにもファンが多い作家さんです。

私もファンの一人で、ノミネート作の
『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』『月の立つ林で』
は、いずれもラジオでご紹介しています。

(↑本のタイトルをクリックすると、私の本紹介が読めます)

新作の『リカバリー・カバヒコ』も大変良かったので、
この作品も来年の本屋大賞にノミネートされる予感がします。

今作は、とあるマンションの住人たちによる連作短編集です。

まずは、中学時代は成績が良かったのに
高校に入ってから授業にすらついていけなくなった男子高校生の物語から始まり、
その後、ママ友グループの誘いを断りたいのにできないママや、
ストレスで体調を崩して仕事を休んでいる女性、
駅伝に出たくなくて足をねんざしたと嘘をついた小学生などの物語が続いていきます。

それぞれに悩みを抱えた彼らは、マンション近くの公園に行き、
そこで古びたカバの遊具を見つけます。
そして、そのカバを触りながら悩みを打ち明けます。

実はこのカバの遊具には、自分の治したい部分と同じ部分を触ると回復する
という都市伝説があるのです。

そのため「リカバリー・カバヒコ」という名前がついています。

なんて紹介すると、カバがピカーッと光って、
悪いところを治してくれて、めでたしめでたし!
というようなお話を想像される方もいるかもしれませんが、
そういったファンタジーではありません。

だって、このカバヒコは何も変わらないからです。
誰の前でも塗装が剥げたままの古びたアニマルライドのままです。

でも、カバヒコに出会った人たちには、その後、変化が生じます。
どう変わっていくのかは、ぜひ本を読んでお確かめください。

今回もいい物語でした。
読み終えた後、本の表紙に描かれたカバヒコを私も思わずなでてしまいました。

私は青山さんの作品を読む度に、心が晴れ晴れとします。
なんかモヤモヤしているのだけど、
うまく自分の気持ちを表せないことってありませんか?
そんな時に青山さんの作品を読むと、モヤモヤが取り除かれて、
「私はこう思っていたのか」と自分の気持ちに気付けるのです。

とは言え、あくまでも物語ですから、私のことが書かれているわけではありません。
でも、登場人物たちの悩みは、誰もが感じていることなのです。
だから、よりダイレクトに心に響いて、
自分の物語のように感じてしまうのかもしれません。

今回も勝手ながら私自身の物語として読ませていただきました。
特に、ストレスで仕事を休んでいる女性の話は、読みながら涙があふれてきました。

ウェディングプランナーの彼女は、仕事が好きで一生懸命仕事をしているものの、
担当した新郎が結婚式当日、ずっとむすっとしていて、
その理由がわからず、ずっと不安を感じています。
私も彼女の心の中が痛いほどわかって、他人事とは思えませんでした。
でも、彼女もカバヒコに出会ってから、ある大事なことに気付きます。

あまりにも良かったので、後日あらためてそのお話を読んだら、
同じところでまた泣けました。しかも一回目と同じ熱量で。

最近、なんかうまくいかないなあという方、
ぜひ『リカバリー・カバヒコ』を読んでみてください。

読んだ後は、きっとあなた自身もリカバリーされているはず。

yukikotajima 11:11 am

『未知生さん』

2023年10月4日

突然ですが、私・田島悠紀子って、どんな印象でしょう?

・しっかりしている
・おっちょこちょい
・落ち着いている
・落ち着きがない
・こわい
・優しい

これらは今までに私が人から言われた言葉です。
人によって私の印象はまるで異なります。

きっと「私が会った人の数だけいろんな田島が存在する」のだと思います。
これは、今日紹介する本の登場人物の言葉です。
今日の本はこちら。

『未知生(みちお)さん』
片島麦子(かたしま・むぎこ)
双葉社


今日は10月の第1水曜日ですので、
明文堂書店 富山新庄経堂店 文芸書担当 野口さんのオススメ本です。

先日、野口さんから「いい本があるのよ!」と熱くこの本を勧められました。

タイトルの『未知生(みちお)さん』は、人の名前です。
彼は、息子が事故に遭いそうなのをかばって、
41歳という若さで突然この世を去ってしまいます。

『未知生さん』は、彼の葬儀に参列した
高校時代の同級生や元カノ、会社員時代の同期、上司、そして家族など
生前、彼に関わりのあった人たちの語りで構成された連作短編集です。

それぞれが未知生にどんな印象を抱いていたのか、
どんなことが想い出に残っているのか、振り返りながら、
同時に自分自身についても見つめ直していきます。

例えば、高校時代の同級生は、
お葬式で喪主である奥さんが繰り返し「彼はいい人だった」と言っていたことや、
息子をかばって亡くなったことに対して、
なんか未知生っぽくないんだよなあと思います。

会社員時代の同期は、未知生のことが苦手というか嫌いでした。
というのも、マイペースな彼に調子を狂わされてばかりだったからです。
例えば、猫を飼っているから泊りがけの出張はできないという未知生に対し、
それはおかしいだろうと思っています。

一方、上司の女性は、未知生に対して別の印象を抱きます。
彼女の目を通すと、未知生はちょっと素敵な男性に見えます。

でも、元カノの目を通すとヒドイ男に変わります。
だって、彼女に対して「化粧をしているほうがかわいいね」と言っちゃうのですよ。

こんな感じで、未知生に生前関わりのあった人たちが、
それぞれに未知生との思い出を振り返っていきます。
そして、彼らの話から未知生という人間が浮かび上がってきます。

ちなみに、みんなが共通して抱いていた未知生の印象は、
協調性がなくてマイペースだけど、裏表も悪気もない、人畜無害な、いい人です。

このつかみどころが無いところを嫌だなと感じる人もいれば、
それが彼の良さなのかもしれないと思う人もいます。

いずれにしても彼らは、未知生との思い出を振り返ることで
自分自身と向き合っていくことにもなります。

『未知夫さん』は、フィクションだけど、リアルな感触のあるお話でした。

さて、あなた自身はこの本を読むことで、
未知生にどんな印象を抱き、何を感じるでしょうか。
ぜひ本のページをめくって確かめてみてください。

最後に、明文堂書店 富山新庄経堂店 野口さんのコメントをご紹介します。

「とにかく未知生さん、とてもいいんです!
いつもぼ〜っとしているようで、放つ言葉が、何気に真実を突いていたり、
さらに衝撃の展開もあり、読み終えるころには
未知生さん、サイコーの一言でした」

そうそう、衝撃の展開には私もびっくりしました。
そこも含めて、とても良いお話でした。

今日ご紹介した『未知生さん』は、
富山県内の明文堂書店全店「ヨリミチトソラ ゆきれぽコーナー」にありますので、
ぜひチェックしてみてください。

◎明文堂書店のサイトは コチラ

yukikotajima 12:09 pm