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『テスカトリポカ』

2021年7月21日

先週の水曜に2021年上半期の芥川賞・直木賞受賞作が発表されました。

【芥川賞受賞作】

石沢麻依(いしざわ・まい)『貝に続く場所にて』

李琴峰(り・ことみ)『彼岸花(ひがんばな)が咲く島』


【直木賞受賞作】

佐藤究(さとう・きわむ)『テスカトリポカ』

沢田瞳子(さわだ・とうこ)『星落ちて、なお』


4作品が一度に選ばれるのは、10年ぶりのことだそうです。

先週私がラジオでご紹介した
砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)さんの
『高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)』
は残念ながら受賞ならず!


私も早速、受賞作を読んでみようと本屋さんに行ったところ、
佐藤究さんの『テスカトリポカ』一冊しかありませんでした。

『テスカトリポカ』は、直木賞だけでなく、
5月に発表された山本周五郎賞も受賞している話題作です。
同時受賞はなんと史上二人目のことだとか。

でも。

心の中では、『テスカトリポカ』を読むか迷っていました。

本当は、天才絵師、河鍋暁斎(きょうさい)
の娘の生涯が描かれた沢田瞳子さんの作品が読みたかったのです。

それに、『テスカトリポカ』は、見た目からして恐ろしい雰囲気だし、
内容も怖そうだし、うーん、どうしよう。
と悩みながらも手に取って少し立ち読みしてみたところ、
思いのほか読みやすく、これは続きを読んでみたいとすぐにレジへ向かいました。

ちなみに、先週の直木賞の選考会は、3時間に渡るすごい激論だったそうです。
暴力シーンの多さや臓器売買を扱っていることなどから、
読む人に嫌悪をもたらすのではないかと。
でも、これだけスケールの大きな小説を受賞作にしないのは
あまりにも惜しいという結論になったそうです。

まさにおっしゃる通りです。
正直こわかったけど、この作品には圧倒的なパワーがありました。

読む前はどうしようと悩んだものの
読み始めたらノンストップでした。
結果、読んで良かったです!

どんなお話なのか簡単にご紹介しましょう。

まずは、1996年のメキシコから始まります。
メキシコでは麻薬密売人たちが町のいたるところで目を光らせており、
次々に人が殺されていました。
17歳の少女ルシアはそんな町に別れをつげることにします。

逃げた町で「日本」のことを知った彼女は、
誰も知り合いのいない日本へと向かいます。
そして、日本人との間に「コシモ」という名の男の子がうまれます。

一方、いまだ麻薬戦争が続く2015年のメキシコでは、
麻薬カルテルの幹部であるバルミロが
対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走します。

そして、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーの末永と出会います。

バルミロと末永は新たな臓器売買ビジネスを実現させるため日本へと向かいます。

その日本でバルミロは成長したコシモと出会い、仲間に加えます。

そして、コシモは知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていくことになる、
という物語です。

タイトルの「テスカトリポカ」とは、
かつてメキシコにあった王国「アステカ」の神様のことです。
アステカには神様に人の心臓を献上する儀式があり、
バルミロは、その儀式のことを
幼いころから祖母から聞かされていました。

一方、臓器ビジネスで売買しようとしている臓器も「心臓」です。
でも、この心臓は生きていなければ売り物になりません。
果たして彼らは、誰の心臓を売買しようとしているのでしょうか。

ぜひこの続きは、本のページをめくってみてください。

***

物語には大勢の登場人物が出てきますが、ほぼ悪い人たちです。
皆、自分のことしか考えていないし、
自分が悪いことをしているなんてことは思っていません。

悪でつながった人たちは、簡単に裏切るし、気に入らなけれな殺します。
「悪」の大渋滞で、読んでいる私まで麻痺してきそうなほどでした。

私は普段、本を読んでいるときは、
頭の中に映像を浮かべながら読んでいるのですが、
この本に関しては、残虐なシーンが多すぎて
途中から脳内でモザイクを入れて読んでいました。

でも、本を閉じたいとは思いませんでした。
一度読み始めたら、ぐいぐい引き寄せられてしまうのです。

ただ激しい暴力の描写だけではなく、
物語が丁寧に描かれているので、読んでしまうのだと思います。

悪人同士が、騙し合いながらも
お互い利用しようと近づいていく様はスリルがありますし、
自分がしていることに罪悪感を感じる人も心の揺れも印象的でした。

そして、気付けば夢中で最後まで読んでしまいました。

今回、あらためて小説のすごさを実感しました。

だって、先週、江戸時代の世界をのぞいたと思えば、
今週は麻薬やら臓器密売やらの世界をのぞいているんですよ。

小説だったら、絶対に関わらないタイプの人の心の内も丸見えだし、
知らない世界に足をふみいれることもできます。
それも安全な場所にいながら。

やはり読書は楽しい!

さて、次はどんな世界に行ってみようかしら。

yukikotajima 11:28 am