おやすみ、東京
2018年8月29日
去年の気まぐれな朗読会で私が読んだ作品は、
吉田篤弘さんの『台所のラジオ』から「毛玉姫」でした。
吉田さんの作品は、何か大きな事件が起きたり
ハイテンションな人が出てきたりするわけでは無いのだけど、
一度、吉田作品の世界をあじわうと、
この世界から抜けたくないと思わずにはいられない、心地よさがあります。
登場人物たちは、一見ふつうの人もちょっと変わった人も
知れば知るほどそれぞれの魅力が引き出されていって、
読んでいるうちにみんな私の友人に思えてきます。
まるで昔からよく知っているかのような。
以前、吉田先生の作品を紹介した時に
「いたって真面目な雰囲気なのに
どこかとぼけたところがあって、
真面目な部分とゆるさの按配が絶妙」
と私は感想を述べたのですが、今回もその絶妙な面白さを堪能しました。
***
今日ご紹介する本は、吉田先生の最新作、
『おやすみ、東京(角川春樹事務所)』
です。
今回の作品を読んで、あらためて吉田作品の空気感が好きだと実感!
たった1冊読んだだけとは思えないほどの充実感がありました。
というのも、この作品は12の短編が収録された連作短編集なのです。
舞台は、夜の東京です。
登場人物たちは夜の東京で働いています。
例えば、ある女性は映画会社で調達屋をしています。
その名の通り、撮影で使う小道具を調達するのが仕事です。
なかなか大変な仕事で、深夜に突然「明日の朝までにびわを用意して」と言われることも。
深夜に「びわ」が売っているお店はどこか。
そもそも今の季節に「びわ」は手に入るのか。
困った彼女は、夜に営業しているタクシーの運転手に電話をします。
調達屋の彼女はこのタクシーの常連でした。
その他、夜に電話で悩み相談を受けるオペレーターや
使わなくなった電話を回収する業者、
夜のみ営業している古道具屋、
同じく夜のみ営業している食堂で働く女性たちも登場します。
また、何かを探している人も少なくありません。
調達屋の女性は映画で使う小物を
ある女性は家を出たまま帰ってこない弟を
探偵の男性は脇役専門の俳優だった父が出演した映画を探しています。
『おやすみ、東京』は、連作短編集ですので、
ある話では脇役だった人が別の話では主役になるなど、
物語の主役が次々に入れ替わっていきます。
そしてゆるやかに登場人物たちが繋がっていきます。
ちなみに、夜のみ営業しているタクシー運転手によると
東京という街は思いのほか狭いそうで、
実は偶然出くわす確率が圧倒的に高いのだとか。
えー、そんなことないって!と思った方は、
小説の中の運転手さんの話を聞いてみてください。
この件について、たっぷりお話になっていますので。(笑)
東京が狭いかどうかは別としても、
登場人物たちの繋がりには、深夜ならではの特別感があるようには感じました。
深夜に起きて働いているからこそわかる共通の思いのようなものが。
例えば、普通、朝食は一日のはじめに食べるものだけど、
夜に働く人たちにとって朝食は仕事終わりに食べる夕食のようなものです。
私のような普通の暮らしを送る人にとってみれば、それだけでも特別に思えます。
この物語にも登場人物たちが仕事終わりの朝に食べに行く食堂が出てきます。
深夜の食堂って、まるで某ドラマのようですが(笑)、
この小説の食堂は渋い男性ではなく女性4人で営業しています。
大変美味しいということで人気があり、タクシーの運転手さんも行きつけです。
ああ、私も「ハムエッグ定食」を食べたいなあ。
***
『おやすみ、東京』は、まるでオムニバス映画を見ているようでもありました。
連作短編集ですので、紹介しすぎるとネタバレになってしまうため、
ぼんやりとした紹介になってしまいましたが、
とにかくとても良かったです!
夜の物語ですので、是非夜に読んでみてください。
いつか本当に映画化されてほしいなあ。
できれば、『深夜食堂』のような雰囲気で。