私の頭が正常であったなら
2018年3月28日
先月の気まぐれな朗読会で
私は、中田永一(なかた・えいいち)さんの『パン、買ってこい』
という作品を朗読しました。
中田永一さんというと、
これまで映画化もされた
『くちびるに歌を』や『百瀬、こっちを向いて。』
などでおなじみの作家さんです。
その中田さんが絶賛しているという小説をご紹介します。
その本とは、山白朝子(やましろ・あさこ)さんの
『私の頭が正常であったなら(角川書店)』
です。
本の帯に「中田永一氏絶賛!!!」と書かれています。
この一文を見て、思わずニヤリとしてしまった方は、
その意味をご存知の方です。
実は、山白さんと中田さんは同一人物と言われています。
しかも、もう一人、乙一(おついち)さんも。
作風によって、別のペンネームで作品を書いていらっしゃるようです。
ちなみに、山白さんのプロフィールを見ると、
2005年、怪談専門紙「幽」でデビューで、
趣味は「たき火」とあります。
今回の山白さんの新作にも幽霊が出てきます。
***
『私の頭が正常であったなら』は
「喪失」がテーマの短編集で、8つのお話が収録されています。
8つの中からいくつかご紹介しましょう。
最初のお話は、突然幽霊が見えるようになって
日常を失った夫婦の物語です。
ある日、家の中で男性の幽霊が見えるようになります。
幽霊がこわくてたまらない夫に対し、
妻は、現実を受け入れ、
この幽霊はいったい誰なのか?
なぜ見えるようになってしまったのか?
と調べ始めるほど平然としています。
果たして、幽霊の正体とは?
なぜ、この夫婦にだけ見えるのか?
まるで怪談ミステリのようなお話で、
幽霊のヒミツが気になり、怖さより面白さが勝ちました。
***
表題作の「私の頭が正常であったなら」は、
別れた夫によって娘の命を奪われてしまった女性のお話です。
娘亡き後、精神を病んでしまった彼女が、
家族に付き添われながら散歩をしていたところ、ある声を耳にします。
どうやらその声は自分にしか聞こえないらしいことがわかり、
今飲んでいる薬のせいで聞こえる幻聴なのか、
それとも本当に聞こえている声なのか、
彼女は確かめようとします。
いったい、その声とは…。
***
他には、震災で家族を亡くしたパパや、
書きたいものを失くしてしまった小説家、
娘に対する愛情を失った母親などの話があります。
どの物語の主人公も皆、大切なものを失い、
皆、悲しみを抱えています。
でも、悲しいだけの話ではありません。
読み終えた後、悲しみによる涙では無く
あたたかな涙がつーっとほおをこぼれ落ちた作品もありました。
また、どの作品も、どこか不思議な世界を描いています。
未来が見えたり、聞こえるはずのない声が聞こえたり。
なんと布団の中が別の世界につながっていたり。
その発想が面白い!
もしかしたら本当にあるかもしれないと想像できるから、
怖さも悲しみも嬉しさも、リアルな感情として理解できました。
短編集は、わりとすぐに読めてしまう分、
「ああ、おもしろかった」と思いつつも
いくつかの作品は印象が薄かったりするのですが、
『私の頭が正常であったなら』は、
どのお話も読んだ後、頭からなかなか消えずに残り続けました。
豊かな読書時間でした。