紀伊國屋書店の橋本さんから、
「この本を是非読んでみてください」
と手渡されたのは、
飯嶋和一(いいじま・かずいち)さんの
『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』
という本でした。
本のタイトルを見ただけでは、
全く何のことかわかりませんでした。
本の表紙には荒れ狂う波の絵が描かれ、
ばらぱらと本をめくってみれば、
びっしり小さな文字が並んでいました。
それも漢字がやや多め。
どうやら歴史小説らしいことはわかりました。
しかも、持った瞬間、ずしりとした重さを感じ、
これは、読むのに難儀しそうだなと、
読む前から心が折れかけたのですが…(笑)
著者の飯嶋和一さんのお名前を見たとき、
この方の本を私は以前読んだことがあることに気付きました。
その本とは、『始祖鳥記』という本です。
ラジオでも紹介していました。
ブログにも感想を書いていました。
★ 過去の私の感想は こちら
この本がとてもよかったことを思い出し、
先ほどまでの不安は何処へやら、
わくわくしながら、すぐさま新作の
『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』を読み始めました。
1ページ目から心を掴まれました。
言葉のリズムが心地よく、すうっと物語の世界へと誘われました。
***
簡単にストーリーをご紹介しましょう。
舞台は、幕末の隠岐(おき)。
日本海に浮かぶ小さな島に、
流人として、大坂から1人の少年がやってきます。
彼の名は、西村常太郎、十五歳。
父が大塩平八郎と共に挙兵にしたことによる処罰でした。
島での暮らしを案じていた常太郎でしたが、
意外なことに島の人々から温かく迎えられます。
なぜ温かく迎えられたのか?
突然ですが、皆さんは、大塩平八郎のことは覚えていますか?
えーっと…誰だっけ?
という方のために簡単に説明しますね。
平八郎は、天保の飢饉に際し、救民と幕府批判のために挙兵した人物です。
残念ながら大塩平八郎の乱は失敗に終わったものの、
社会的影響は大きく、平八郎の名は全国に広まったそうです。
もちろん、隠岐にも平八郎の名は届いていました。
その大塩平八郎とともに挙兵した常太郎の父の名ももちろん知られており、
その息子ということで、常太郎は島の人たちから好意的に受け入れられたのでした。
優しく温かい島の人たちの中で成長した常太郎は、
医術を学び、医師となり、
漢方を用いながら病気に罹った島の人たちを救っていきます。
冷静に患者をを診て、漢方を処方するさまは、
島に突如現れたヒーローのようでした。
このまま医師として活躍する常太郎の物語で終わるのかと思いきや、
そうではありませんでした。
幕末の激動の時代に小さな島も巻き込まれていきます。
お互い助け合いながら過ごしていた島の人たちでしたが、
飢饉と悪政により、このまま飢え死にするしかなくなった時、
不満が爆発し、ある行動に出ます。
そして物語は大きく動き出します。
***
この物語には、常太郎をはじめ、人として素晴らしい方たちがたくさん出てきます。
もちろん、その逆の人たちもいますが。
辛い状況下でも、自らの立場をわきまえ冷静に考え行動する様を見ていると、
私はなんて甘ちゃんなんだと恥ずかしくなります。
「思考することを止めて短絡に走れば、それは必ず自滅を招く」
ある僧侶の言葉です。この言葉がずしりと身に染みました。
幕末の物語でしたが、現代にも通ずる教えがたくさんありました。
幕末ものは、世にたくさん出ていますが、
小さな島の幕末物語も是非読んでみて下さい。
この物語には、よく知られる人物や出来事もところどころ登場します。
ですから、日本の幕末の全体像もつかむことができます。
また、民衆たちが当時、何を感じていたのかが、手に取るようにわかります。
そういう意味では、読んだというより、体感した感じに近いものがありました。
まるで幕末にタイムスリップし、島の人たちと共に過ごしたかのような感覚でした。
というのも、描写がとても丁寧で、物語が立体的に感じられるのです。
隅々まで目に見え、肌で感じるかのような五感が刺激される文章でした。
ちなみに、書評家や書店員のあいだで、「飯嶋和一にハズレなし」と語られているそうです。
飯嶋さんの本を読むのは2作品目ですが、私も同じことを感じました。
飯嶋さんの他の作品も読んでみたいな。
かなり読み応えのある1冊ですが、
きっと読んだ後、かなりの満足感があると思います。
私は残りのページが少なくなるにつれ、
もっと読んでいたいという気持ちになりました。
あなたも早速今夜、幕末の世界へタイムスリップしてみては?