ことり
2012年12月12日
今日のユキコレでご紹介するのは、
映画化もされた『博士の愛した数式』でおなじみ
小川洋子さんの新作『ことり』です。
『ことり』は、11月30日に朝日新聞出版から出たばかりの
小川さんの12年ぶりとなる待望の書き下ろし長編小説です。
ひらがなの『ことり』というタイトルとシンプルな本の表紙を見ただけで、
この本の空気感が伝わってくるようでした。
物語は、静かに始まります。
聞こえるのは、メジロの鳴き声のみ。
そして、淡々と作業をする人々の静かな声。
その中心にいるのは、ある男性。
『ことり』は、その男性がどんな人生を送ってきたのかが描かれています。
その男性は、「小鳥の小父さん(おじさん)」と呼ばれています。
小父さんには、小父さん以外の人とは会話のできないお兄さんがいます。
2人がともに愛するのは、小鳥たちの歌。
お兄さんは、人とは会話は出来ないけれど、小鳥のさえずりはわかります。
小父さんは、真面目に働きながら、兄との静かな生活を送り、
兄亡き後は、図書館で鳥関係の本を借りて読んだり、
幼稚園の鳥小屋をボランティアで掃除をしたりする日々を過ごします。
小鳥が大好きな小父さんは、いつからか園児をはじめ街の人たちから
「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになります。
お話は、とても静かに丁寧に進んでいきます。
ページをめくるたび、
小鳥を愛する小父さんの優しさが、じんわり感じられ、
あたたかな気持ちになります。
そして、不器用すぎる小父さんに、思わず手を差し伸べたくなります。
もし小鳥の小父さんが私の住む家の近くに住んでいたとしても、
私は気付かないかもしれない。
いや、私だけじゃない。
気付く人の方が少ないかもしれません。
でも、ひっそりと確かに小父さんは日々を過ごしています。
そして、小鳥たちの歌を聞きながら微笑んでいます。
たとえこの小説『ことり』の世界を知らずに生きていったとしても、
何の影響も無いのかもしれません。
でも、知っている人は、普通だったら通り過ぎてしまったり、聞きもらしたりしてしまうような、
些細なことに気付けるようになるかもしれない。
それは、もしかしたら人生を豊かにしてくれるのかも、
なんてことを感じた作品でした。
・・・
私は、この本を朝、自分の部屋で、
ラジオも音楽も付けず、自然音の中で読んだのですが、
まるで小父さんが教えてくれたかのように、突然、鳥のさえずりが聞こえました。
本当に偶然のことだったのだけど、
まるでBGMのように突然美しい歌声を響かせたのでした。
今までも鳥のさえずりは聞こえていたはずなのに、
それはまるで、初めて意識して聞いたかのような、可憐で美しい歌声でした。
ああ、鳥の歌声は実はとても身近なものなのか、と気付けた喜びに嬉しくなりました。
この本を読んだからこそ気付けたわけで。
そういう意味では、鳥たちが歌う時間、
できれば夜以外に読んだ方が素敵な演出が加わるかもしれません。
・・・
また、小川さんの作品は、表現がとても美しく、
それこそ、鳥が歌うように、素敵な言葉が気持ちのいいリズムで並んでいます。
こんな風に言葉を選び、使えたらいいのになあと嫉妬。(笑)
プロに嫉妬するなんて逆にナニサマ?って感じですね。すみません!
でも、それだけ素敵な表現だったということです。
まだ静けさの残る冬の朝、
鳥のさえずりをBGMに読んでみませんか?
そうそう、読書のおともは、
ぜひ、缶のスープで。