『みずもかえでも』
2024年11月27日
プロと素人の差って何だと思いますか?
今や便利な世の中になりましたし、AIの力も借りられますので、
素人でもそれなりにいろんなことができてしまいますが、
ちゃんと基礎を学んだプロと、形だけを真似した素人は違うものです。
とは言え、今はプロとして活躍している人も最初は素人です。
早くできるようになりたいと思ってもうまくいかず、
焦って落ちこんだこともあったかもしれません。
私もありました。
失敗ばかりで、この仕事向いていない、と何度思ったことか…。
今日は、未熟だった当時の自分の気持ちが蘇ってきた一冊をご紹介します。
『みずもかえでも』
関かおる
株式会社KADOKAWA
第15回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞した話題作です。
主人公は、繭生(まゆう)という20代の女性です。
彼女は落語好きの父に連れられ、よく寄席に行っていたのですが、
そこで高座中の落語家の写真を撮る
「演芸写真家」という仕事を知って興味を持ちます。
高座中、「かしゃん」というシャッターを切る音が聞こえたものの、
繭生には、その音が邪魔どころか、物語と溶け合っているように聞こえたのでした。
そして、真嶋(ましま)という演芸写真家に弟子入りを願い出ます。
すると、真嶋からある条件を言われます。
それは「遅刻をしないこと」と「演者に許可なく写真を撮らないこと」
のふたつの約束を守ることでした。
写真家は、芸人さんたちから信頼を得ないと、撮影を許可してもらえないのです。
また、写真を撮る際、芸人さんたちの邪魔をしてはいけません。
真嶋は、自分たちは「空気のようにならないといけない」と言います。
たしかに、プロのカメラマンって空気のようかも。
私は仕事でパーティーやイベントの司会をすることも多いのですが、
プロのカメラマンは気配を消すのがうまいのです。
ちゃんと撮るべきタイミングをわかっているから、邪魔になりません。
今の時代、カメラの性能が上がっていますから
プロじゃなくても、それなりの写真は撮れます。
でも、タイミングまで考えて撮っている方は、多くないように思います。
実際、司会をしていても
今じゃないでしょ、というタイミングで
「かしゃん」という音が聞こえてくることはよくあります。
さて、話を戻します。
真嶋はプロですから、ちゃんとシャッターを切る瞬間をわかっています。
繭生もそこに惹かれ、弟子入りを願い出たわけです。
そして、真嶋の手伝いをしながら、
自分もそろそろ写真を撮りたいと思うようになります。
ですが、カメラすら触らせてもらえません。
そんなある日、高まる衝動を抑えきれず、
繭生は、女性落語家「みず帆」の高座中にシャッターを切ってしまいます。
一度だけ「かしゃん」と。
そして、繭生は約束を破ったことを隠したまま演芸写真家の道を諦めます。
それから4年が経ち、繭生はウェディングフォトスタジオで
カメラマンとして働いています。
トラブルが起きないよう、言われた通りに写真を撮る繭生の評判は、
決して悪くはありませんでした。
ですが、熱い思いを持ったアルバイトの男性からは
「いい写真を撮るより、トラブル回避っすか」と嫌味を言われてしまうのですが。
そんな中、次に撮影する新郎新婦として紹介されたのは、
かつて繭生が許可なく写真を撮ってしまった女性落語家のみず帆でした。
みず帆との再会によって、
繭生は過去の過ちと向き合わざわるを得なくなります。
この続きは、ぜひ本を読んでお楽しみください。
*
繭生は未熟だったころの自分自身を見ているかのようで、
何度も胸がちくんと痛みました。
相手の正しすぎる言葉がダイレクトに刺さるんですよ。
だから痛いのなんのって。
また、仕事とはどういうことなのか。
働く人たち、それぞれの思いが印象的で、
色々と考えさせられました。
例えば、変だと思っても
お客様の気持ちを第一に考えて意見は言わない方がいいのか。
それとも、より良くするために、
あえてプロとしての意見を言った方がいいのか、とかね。
これ、仕事をしていると、よく出てくる問題ですよね。
これから社会人になる方は、
ハウツー本より、まずこの本を読んだらいいと思うわ。
大人の皆さんもこの本を読んで初心を思い出してみませんか。
あと、落語好きの方もぜひ。
リズムのいい文章で、心地よく読めます。
赤く色づいたかえでの表紙のイラスト含め、今の季節にぴったりの小説です。