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・日本が戦争に向かうころ、女中として赤い三角屋根のおうちで過ごした日々を振り返る手記をつける老女、タキ。
その時代の丁寧な描写が中心になり話は進みますが、
最後に彼女の甥の息子による手記が付されることにより、違った意味づけが行われます。
この構成の妙がより物語を奥深いものにしてくれていると思いました。
・戦争に向かうころ、と聞くと陰鬱なイメージをされる方もいるかもしれませんが、
女中を雇うようなやや上流の家庭が舞台であり、割合のどかな雰囲気で物語は進みます
(それでも戦争の影が迫ってきて、最後には影響を与えるのですが)。
女中として生きた女性の行き方や考え方がよく伝わってきて、こういう人が実際にいたのではないかと思ってしまいます。
・また、人は何を幸せに、何を大切に思うのか、といったことも感じさせてくれます。
この手記が面白いのは、一人の女性が何かに打ち込み、
そのため最も輝いていた時代を描いているから面白いのだ、そう思いました。
・そして最後の章にて明らかになるある出来事。
驚きもしましたし、あの話も伏線だったのだな、と
それまでに出てきたある部分を思い返しもしました。
つくづく上手いな、と感心させられます。
帯にも書かれているひそやかな恋愛事件、この本当の意味がわかるでしょう。
・ちなみにこの物語はバートンの絵本『ちいさいおうち』のオマージュでもあります。
原著の出版は1942年、太平洋戦争の始まった翌年だというのもこの物語にうまく符合させてあります。
いなかにたっていたちいさいおうち、周りに工場が出来てにぎやかになってゆくのを見守りながら、
過去の風景を懐かしく思う・・・うちを擬人化させた、美しい絵と時の流れが印象的なロングセラーの絵本。
お持ちの方はこちらも読み返したくなると思います。
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★ 芥川賞受賞作『乙女の密告』赤染晶子 新潮社
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・京都の大学で『アンネの日記』を題材にドイツ語を学ぶ女学生たち。
ドイツ人の教授にスピーチコンテストで課された課題は、日記のある一日の暗唱。
ところがある日教授と女学生の間に黒い噂が流れてしまう。
アンネのように私は密告されてしまうのか?
女学生の自我の物語を、『アンネの日記』の考察と巧みに重ねあわせながら描いています。
・まず、楽しく読めるし、読みやすい芥川賞だった、ということです。
文章や出てくる人がユーモラスで、独特の愛嬌があります。
またこれは意識してのことでしょうが、短いセンテンスが多い。
このためテンポよく読み進めることが出来ます。
・たとえばÖ(オーウムラウト)の発音のくだり。
「お」の口の形で「えー」と発音するものなのですが、
「ドイツ語学科に代々伝わる、誤った発音法がある」ということで
主人公が発音したこの言葉を表して
「おぇー」。 「おぇー、おぇー、おぇー、おぇー」と連呼されて書かれることもあり、
その字面には思わず笑いました。
・登場人物では特にドイツ人教授が、とても面白い人物。
スピーチをはかるのにキッチンタイマーをつかう。
奥さんと喧嘩してでも持ってくるそれはひよこのタイマーで、時間が来るとぴよぴよと鳴る。
日本式の努力と根性が大好きで一番好きな日本語は「吐血」。
また女学生たちを「乙女たち」と呼び、「乙女の皆さん、血を吐いてください」などと檄をかける。
・この「乙女たち」という表現が彼女たちを縛ります。
乙女たるもの、という考えが行動に影響する。
こうあらねばならない、私はこうなりたい、これは自我に関することであり、
この物語のテーマに大きく関わるものです。
・物語は中盤に動きを見せます。教授とある学生がよからぬ関係にあるのではないか、という噂が流れます。
そこで主人公がとった行動はその密会と思われる現場に乗り込むこと。
しかし、それを見ていた別の学生から、主人公こそが教授の密会の相手であると誤解されて、噂が流されてしまいます。
そして教授の持つ人形が「誘拐」されます。
・・・この変わった教授は人形に「アンゲリカ」と名づけて持ち歩いているのですね。
これらのために「乙女」から疎外される、この状態が「アンネ・フランクが密告される」ことと重ねて書かれます。
罪を犯してはいない、しかし密告される。疑われる。
この事件は大きな影響を与えます。
・そしてラストはスピーチコンテスト。
どういう結末を迎えるのか、また主人公が何を見出すのか。
全てのことが収斂していく、この物語にふさわしいラストでした。
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