『高瀬庄左衛門御留書』
2021年7月14日
2021年上半期の芥川賞、直木賞の選考会が今日この後行われ、
受賞作が発表されます。
候補作はこちらです。
【芥川賞】
石沢麻依(いしざわ・まい)『貝に続く場所にて』
くどうれいん『氷柱(つらら)の声』
高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)『水たまりで息をする』
千葉雅也(ちば・まさや)『オーバーヒート』
李琴峰(り・ことみ)『彼岸花(ひがんばな)が咲く島』
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【直木賞】
一穂(いちほ)ミチ『スモールワールズ』
呉勝浩(ご・かつひろ)『おれたちの歌をうたえ』
佐藤究(さとう・きわむ)『テスカトリポカ』
沢田瞳子(さわだ・とうこ)『星落ちて、なお』
砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)
『高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)』
一穂ミチさんの『スモールワールズ』は、以前、ラジオでご紹介しました。
◎私の感想は コチラ
***
今日は候補作の中から私が気になった一冊をご紹介します。
今回初めて直木賞候補となった砂原浩太朗さんの
『高瀬庄左衛門御留書(講談社)』です。
タイトルだけをみると、これは漢文か?と突っ込みたくなるほど漢字が並んでいて
何やら難しそうな気配を漂わせているのですが、白を基調としたシンプルな装丁を見て、
これは美しい物語のような気がすると思い、読んでみることにしました。
この本は直木賞の候補になっただけでなく
今年1月の発売以来、話題となっている時代小説です。
主人公は江戸時代の地方の藩、神山(かみやま)藩で
郡方(こおりがた)を務める高瀬庄左衛門です。
なお、神山藩は架空の藩です。
彼は20ヵ所の村をまわって米の取れ高や見聞きした現地の様子などを
帳面にしるし、上役に提出しています。
タイトルの御留書(おとどめがき)とは、この帳面のことです。
庄左衛門は息子に自分の仕事をゆずり、
のんびり趣味の絵でも描いて過ごそうと思っていたものの、
50歳を前にして妻と息子を相次いで亡くします。
息子に子どもはおらず、のこされた嫁の志穂と二人きりになった庄左衛門は、
志穂に実家に戻るよう伝えます。
ところが志穂はここに残りたいと言います。
さらに「絵を教えてほしい」とお願いしてきたのです。
この先、誰かに嫁ぐのではなく絵で身を立てるようになりたいと。
庄左衛門は妙な噂が立つことを心配し、住み込みではなく通いで、
それも仕事が休みの日だけ志穂に絵を教えることにします。
志穂もいなくなり、ひとりきりになった庄左衛門は、
はじめて自分で家事をすることになるのですが、
慣れないひとり暮らしと、亡き息子の仕事を再び自分ですることになり、
毎日へとへとです。
でも真面目で誠実な彼はしっかりと仕事をしていきます。
彼には15人の仲間がおり、それぞれが受け持ちの村をまわっているのですが、
時には愚痴を言い合ったりお酒を飲んだりして憂さ晴らしをすることもあり、
江戸時代の物語なのに、まるで今の時代のサラリーマンのようだと思いました。
ある日、庄左衛門は志穂から
「弟のことで少し気にかかることがある」と言われます。
弟が毎晩のように酒の匂いをさせて帰ってくるのが気がかりだと。
そこで庄左衛門は町へ出向き、志穂の弟が出入りしている
小料理屋の近くの二八蕎麦の屋台に通い、様子を見ることになります。
そして彼は様々な事件に巻き込まれていくことになります。
ちなみに、このお蕎麦がとても美味しそうで、
本を読んだ後にお蕎麦が食べたくなります。
このあと庄左衛門は様々な人と関わっていくことになるのですが、
彼が出会う人には魅力的な人が多いことが印象的でした。
もちろん嫌な人も出てきますが。
物語が進むにつれ、登場人物たちの過去や事件の真実が明らかになり、
後半になればなるほどページをめくる手が止まらなくなりました。
中でも後半、庄左衛門が一緒に過ごすことが多くなる
弦之助とのやり取りが良かったです。
弦之助は、見た目も家柄もいいうえに秀才で性格までいい。
すべてをもっている彼と亡き息子を比べて、嫉妬してしまいます。
ところが、この弦之助が庄左衛門になついてしまうのです。
ぜひ本を読んで、揺れる庄左衛門の心を覗いてみてください。
また、この本の何がいいって、表現が美しいのです。控えめな文章なのですが、
目の前に広がる景色はもちろん、体温や匂いまで感じられます。
そして、多くを語らずとも登場人物たちの心がわかります。
そういう意味では映画っぽくもありました。
言葉で説明するのではなく絵で見せる感じが。
またいいなと思えるセリフも多かったです。
一番印象に残ったのは、庄左衛門のこの言葉です。
人などと申すは、しょせん生きているだけで誰かのさまたげとなるもの。
されど、ときには助けとなることもできましょう……
ならして平なら、それで上等。
泣きました。
なんていい言葉。
これからの人生は、この言葉を大切に生きていきたいと思いました。
読み終えた後、ああ終わってしまったかと寂しい気持ちになったのですが、
なんとこの作品、「神山藩シリーズ」としてシリーズ化していくそうですよ!