『ジュリーの世界』
2021年5月19日
graceの毎週水曜13時45分頃からは
本を紹介するコーナー「ユキコレ」をお送りしています。
このユキコレで紹介する作品はどのように決めているの?とよく聞かれます。
選び方は本によって違います。
新聞や雑誌、SNSなども参考にしますし、
書店員の方に相談することも多いですが、
好きなのは書店をぶらぶらしながら見つけることです。
本の装丁、タイトル、帯、書店員さんのポップなどをチェックしながら、
読みたい本を選ぶ時間が楽しくて好きです。
2018年の本ランキングで1位に選んだ
増山実さんの『波の上のキネマ』もまさにそのようにして出合いました。
商店街のはずれにある小さな映画館の物語で、
祖父がどのようにしてこの映画館を始めたのかが描かれているのですが、
このおじいちゃんの人生がすさまじくて、
読書最高!と読み終えたあとも興奮が止まらなかったほど夢中になって読んだ作品です。
読書に没頭したいという方はぜひ読んでみてください。
きっと本を読んでることすら忘れて作品の世界に入り込めますから。
◎『波の上のキネマ』の田島の感想は コチラ
そんな増山さんの新作を先日、本屋さんで見つけたので、
今度はどんな小説かしら?とわくわくしながら読んでみました。
『ジュリーの世界/増山実(ポプラ社)』
ジュリーと聞くと、年齢が上の皆さんは沢田研二さんを思い出されるかもしれません。
でも、この本のジュリーとは、「河原町(かわらまち)のジュリー」のことです。
1970年代の京都に実在した有名なホームレスだそうです。
この小説は、「河原町のジュリー」がいた時代の1979年の京都が舞台の物語で、
京都の繁華街のど真ん中の交番に赴任した新人巡査の木戸の目線で進んでいきます。
木戸は先輩から「警察官は違和感のアンテナを貼っておかなければいけない」と教わり、
噂の「河原町のジュリー」を初めて目にした時にまさに「違和感」を感じます。
しかし先輩からは「あの男が、この街を歩いていることは違和感でもなんでもない」
と言われてしまいます。
なんでもこの辺りの人は、京都市長や知事の顔を知らなくても
ジュリーの顔は知っているそうです。
ジュリーという名がついているのは、
当時人気のあった沢田研二のようにロングヘアだから?
という人もいるようですが、はっきりしたことはわかりません。
また、彼が誰とも喋らないため、彼についての噂も絶えません。
実はお金持ちだとか、役者をしていたらしいとか、
京都大学の哲学科をトップで卒業したらしいとか。
彼には「これまでの人生」を
人に詮索させずにはおかない何かがあったそうです。
というのも、伸ばし放題の髪と髭に、ボロボロの服、顔は垢まみれにもかかわらず、
卑屈さはなく、かすかに笑みを浮かべ、悠然としていたからです。
木戸は、街でジュリーを見かけるうちに、彼が街に受け入れられていることを感じます。
そんなある日。
書店から小学生の男の子が万引きしたと連絡があり、木戸は書店に向かいます。
そして、ここからはこの少年の物語へと変わります。
少年は、満たされない思いをサザンオールスターズの曲で満たしていました。
サザンの曲を聞くと、おなじみの景色がいつもと違ってキラキラと輝いて見えるほどに
サザンの虜になっていました。
発売されたばかりのウォークマンでサザンの曲を聞ききながら街を歩き、
早く大人になりたいと思っています。
ある日、少年は京都で行われるロックコンサートに
サザンが特別ゲストとして出ることを知ります。
少年はなんとかしてコンサートを観たいと思い、
チケットなしでコンサートを観る手立てを探ります。
この少年の物語がとても良かったです!
純粋ゆえにとんでもない行動を起こしてしまうのですが、
気になる方はぜひ本を読んでください。
そしてこの少年、誰とも会話をしないジュリーに話しかけます。
それもちゃんとコミュニケーションをとります。
この場面がいいのです。
映像が目に浮かんできました。
『ジュリーの世界』には、少年の物語以外にも
木戸がちょっと気になる女性のお話や、現代のお話もあります。
その全てのお話に「河原町のジュリー」が出てきます。
物語の後半にはジュリーの過去も描かれます。
いったいジュリーとは何者なのでしょうか。
気になる方はぜひ本のページをめくってみてください。
増山さんの作品は体感型です。
今回も本を読みながら40年前の京都の街に入り込んだかのような気分になりました。
街が見えるし、音が聞こえるし、匂いがしました。
最後に今の時代のお話が描かれるのですが、
この現代パートを読みながら
まるで私も1979年の京都を生きてきたかのような気分になっていました。
また、過去の作品を彷彿とさせる場面もあり、そういう意味でも楽しめました。
『波の上のキネマ』の密林の中のすさまじさとか、『甘夏とオリオン』の落語とか。
◎『甘夏とオリオン』の感想は コチラ
それから、34年後を予想するやり取りが描かれているのも面白かったです。
例えば、1979年の34年後の2013年にも『男はつらいよシリーズ』が続いていて
タイトルは『寅次郎、不死身宣言』では?なんて予想もあって笑ってしまいました。
今回も楽しい読書時間でした!