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第4話「駒王丸から木曾義仲へ」の巻(2019年7月9日・放送)

2019年7月9日

中原兼遠の庇護のもと、すくすくと成長した駒王丸。
兼遠の娘である、後の巴御前との出会い、
木曾義仲を名乗るまでの出来事についてご紹介します。

 

このブログでも、絵とともにお話をご紹介します。

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「わー、待てー。次郎ー、四郎ー。ハハハハハ」

 

父を殺され、木曽にたどり着いた駒王丸。

中原兼遠の庇護のもと、すくすくと成長していきました。

 

 

兼遠の息子である次郎、四郎とともに、山をかけまわったり、川で泳いだり。

木曽の豊かな自然が、駒王丸を強くたくましく育てていったのであります。

 

 

(鳥のさえずり)「ぴーちく、ちゅんちゅん・・・・・」

 

駒王丸「よし、今日はあの丘まで競争だ!

一番先にあの丘の木にたどり着いた者が勝ちじゃ」

次郎「わしが一番じゃ!」

四郎「なんの、わしも負けないぞ!」

巴「待って! わたくしも一緒に走ります!」

 

ここに登場した娘、巴。後の巴御前。

 

 

兼遠の娘であり、駒王丸、次郎、四郎の遊び仲間として、

いつも一緒に野山を駆け回っておりました。

 

 

この頃、京の都では「保元の乱」「平治の乱」が起こり、

源義朝は討ち死に、そして源頼朝は流罪に。

源氏の勢力が衰える世の中となっていました。

 

 

しかし、これに流されなかった兼遠。

源氏の由緒ある血筋の駒王丸が、将来、源氏の大将となるように、英才教育を施します。

駒王丸は兼遠の期待に応え、武芸を磨き、学問に励んだのであります。

 

 

そして、13歳になった駒王丸。

兼遠に、こう告げられました。

 

兼遠「駒王丸殿。13といえば、一人前になったと同じじゃ。

わしが烏帽子親となり、駒王丸殿の元服の儀を行いたいと思う」

 

駒王丸「ありがたき幸せに存じまする」

 

京にある源氏一門の氏神、石清水八幡宮。

木曽から遠いこの場所での元服は、並々ならぬ決意と期待の表れでございましょう。

 

 

厳粛な雰囲気の中、元服の儀が執り行われ、

駒王丸は「木曾冠者次郎源義仲」を名乗るようになりました。

木曾義仲誕生の瞬間でございます。

 

 

 

さて、この頃、我が世の春を謳歌していたのが平清盛を中心とした平家一門。

 

平時忠「平家にあらずんば人にあらず」

 

このような驕った発言をする者まで現れる始末。

しかし、平家が栄華を極める一方、庶民は飢えに苦しんでおりました。

 

「生きるのも辛い。誰か平家を倒してくれないじゃろうか」

 

新しい世の中を望む気持ちが庶民の間にも広がり始めます。

このことが、後に、木曾義仲が活躍する「源平合戦」へとつながっていくのでございます。

 

<おわり>

ラジオ紙芝居 スタッフ 3:30 PM